友人に捧げた短編集。
今回は、ハーレムをテーマに書いてみました。

報化咲矢柄編。

※瀬戸氷河
本部に戻ろうと思ったころにはすっかり暗くなってしまっていた。
アルリスと別れた頃には日が暮れていて街灯の明かりがつき始めていた。
人通りもなくなり始めた時、人外が動き出すのだ。
「あっれー？何してんのさー？」
街を歩いていた女に声をかけられる。
彼女は妖怪鵺である報化咲矢柄だ。
この名前も彼女が適当につけた名前なので真実ではない。
鵺というのは、虚偽が売りの妖怪らしい。
「あ、私は別に人を取って食うためにここにいるんじゃないよ。だから殺さないで銃を抜かないで」
先に報化咲が手をあげていう事だけ言う。
先に言われたら敵わない。
撃てないだろ、それじゃ。
「じゃ、なんでいるんだよ」
「散歩だよ。私は夜しか下に降りられなくてねぇ」
けらけらと報化咲が笑う。
「私は人に見られるのが嫌なんだよ。どうやら『得体のしれない妖怪』って言われてるみたいでねぇ。それならまぁ、そのままでいさせてやろうじゃないと思ったわけよ。」
「俺には正体が知られてるけど、いいのか？」
からかうように聞くと、報化咲は気にもせずに答える。
「いいよ。君にはまだ偽名しか伝えてないし。姿なんてその気になればいくらでも変えられる。」
「なるほどな……」
調子のいい妖怪だ。
一度姿が知られたら、名前も姿も変えて逃げ出す気か。
「俺はあまり妖怪について詳しくないからなんとも言えないけど、鵺ってのは随分調子のいい妖怪なんだな。その気になればいつでも逃げられるじゃねぇか」
「そうでもないよ。姿や名前を変えるのは面倒なんだ。見られたら殺した方が早い。」
「そうなると、本部を敵に回すことになるぜ？」
「それが嫌だから、そのままにしてるんだって。それにいくら姿を変えても柊神社にはばれるし。」
仕方のないことなんだよね、と肩を竦める報化咲。
本部の連中全員が報化咲の名と姿を知っている。
『得体のしれないもの』が売りの鵺にとってこれは、あまり認めたくない事態なのだろう。
それでも、受け入れるしかない。
敵を増やしてしまえば、勝ち目はない。
報化咲は話を強引にすり替えた。
「あそこは怖いよね。全員が迷いなく異形を殺す才能を持っている。それってよく考えたら怖いことだと考えたことはない？」
「……わかんねぇな、俺には」
「そりゃそうだよ。一番おかしいのは君だもん。異形どころか同じ人間ですら迷いなく殺すじゃん」
「殺らなきゃこっちが死ぬからだ。当然の事だろ」
「それがおかしいんだよ。気付かないかなぁ？」
報化咲は、妖しく笑い問いかける。
表情はふざけているようだが、聞いていることは真面目な事だ。
「……とっくに気付いてんだよ。」
「おろ？」
「知ってるし、分かってる！けどな！そうするしかなかったんだよ！」
感情的になって声を荒げてしまう。
俺だって好きで、やりたくてやったわけじゃない。
殺されるから殺した。そうしなければ俺が死んでいた。
だから殺すしかなかった。
しかし、報化咲は一言で切り捨てた。
「見事な言い訳だね」
「言い訳だと！？」
「言い訳じゃんか。頭を使えば殺さなくて済んだかもしれないよ？」
「……それは」
「ほらみろ、君だって自覚してるじゃないか。」
何も言い返せなくてなってしまった。
それをみた報化咲は笑う。嘲笑う。
「ざまぁみやがれ、やっぱり狂っているんだ。いくら被害者ぶったってお前は加害者なんだよ。魔物を殺したからって平気でいられるの？人間を殺したって仕方なかったって言っていられるの？お前の罪悪感は、言い訳でしかないんだよ。」
「分かってる、全部分かってるって！」
「いいや、分かってないよ。その言葉すら言い訳だ。」
報化咲は冷静に言葉を重ねる。
その度に追い詰められていく。
言葉を失っていく。
そんな俺を見かねて飽きたのか、報化咲はため息を吐いた。
「これ以上苛めるのはやめておくか。君ももう少し考えてみた方がいいよ。じゃあね」
そう言って報化咲は夜に消えた。