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零雨様より、鹿屋と末沢の話を頂きました。

最初はそのつもりだったんですよ。
それが、いつしか洗脳の魔術師シリーズになりました。

※末沢針弥
最近、鹿屋さんの様子がおかしい。
一緒に居ると、妙にそわそわしたり苛ついている。会話も何故かスムーズに進まないし、むしろ気まずい沈黙が増えてしまった。
「鹿屋さん、最近何か変です」
「……は?」
僕が入院している病院の個室で、鹿屋さんはこういう時の鉄板だと言って黙々と林檎を剥いていた。いつもならその沈黙も特に何も思わないのだけれど、最近は妙に息苦しい。
「なんか、態度が違う?最近よそよそしいっていうか……分かんないですけど」
「そんなことないです」
僕の言葉を遮るように鹿屋さんは早口で言った。
「俺は全く変わってるつもりはありませんがね、もし変だと言うならそれは末沢が心配させるからですよ」
にこ、と鹿屋さんはドS顔で笑った。そして、剥き終わったうさちゃん林檎を僕に差し出す。
「まあ、俺としては探しに行く手間が省けるんで、一生入院して貰っても構わないんですが」
「……な、治します」
僕は鹿屋さんから林檎を受け取って一口かじった。今日の鹿屋さんはいつもと同じ、ちょっと意地悪な鹿屋さんだった。


「どう思います?」
「……と、言われましても」
僕はその後丁度お見舞いに来てくれた高崎さんに相談することにした。高崎さんなら口も固そうだし、客観的な良い意見をくれそうだ。
「態度が変わったのは怪我をしてからなんですね?」
「はい。入院してからです」
「俺が見る限り、それはきっかけに過ぎないと思いますよ」
首を傾げる。高崎さんはちょっと苦笑いしている。
「んー、井是さんと菅谷さんのお二人の姿って、末沢さんにはどう見えます?」
「どう……って、仲が良さそうに見えますが」
「そうですね、仲が良いです」
高崎さんは苦笑した顔のままそう言った。僕は何が言いたいのか分からず更に首を傾げる。
「形は違いますけど、俺から見て鹿屋さんと末沢さんのお二方も同じ印象ですよ」
「確かに、そう、ですけど……僕と高崎さんだって仲が良い、って言えますよね?」
仲良くなんかない、と言われるかもと少し不安に思ったが、当然そんな事はなく、高崎さんの口は笑顔を作った。
「それとはちょっと違う……『特別』なんですよ」
「特別?」
「そうです」
その特別とは一体どういう物なんだろう。それが顔に出ていたのか、聞く前に答えてくれた。
「その特別が何なのかは自分で考えてください」
「えー!」
僕が不満の声をあげると呆れたような声が返ってくる。
「言っときますけどね、普通の人はそれを自覚してから色々悩む物なんですよ。鹿屋さんだってそうです」
高崎さんは側に置いてあるパイプ椅子から立ち上がった。
「アンタはまだスタートラインにすら立ってないんです!少しは頑張りなさい!」
ビシッ!と効果音が付きそうな勢いで言われてしまい、僕は「はい……」と頷くしかなかった。


次の日も鹿屋さんは任務の合間をぬって僕の病室に来てくれた。
沈黙。僕も鹿屋さんも互いに一言も言葉を発さずに部屋は沈黙に包まれていた。気まずい。
僕は昨日の高崎さんの話について鹿屋さんに聞きたかったのだが、「鹿屋さんには絶対!言ってはいけませんよ!」と帰り際に彼に言われてしまったので、聞くことは出来ない。一晩経っても「特別」の意味がさっぱり分からなかった。
「末沢」
「はっ、はいっ!?」
ぼんやりしていてどもってしまった。
「今、何を考えてました?」
「え……」
鹿屋さんはニコニコと笑っているが、眼が笑っていない。僕の頬をぶにゅっと掴んでぷにぷにする。
「俺がいるっていうのに考え事とは良い度胸ですね」
「ひゃい……」
「罰として」
鹿屋さんの眼が楽しそうに輝いている。マズい、何か無理難題を言うつもりだ。
「俺が帰ってくるまでに俺を驚かせる様な事を考えておきなさい」
「えぇ……」
「返事は?」
「はい!」
ようやく鹿屋さんに手を離されるが、反射的に返事をしてしまった。
「帰ってくるまで?鹿屋さん出張にでも行くんですか?」
返事をしてから、思考が返事に追い付いてきて、ん?と首を傾げた。鹿屋さんは頷く。
「ええ……最近街で目撃情報のあった魔術師の居場所が分かったので、俺が倒しに行ってきます」
「一人で、ですか?」
「半分隠密なんで。最低でも一週間は掛かるでしょう」
「え……」
鹿屋さんは何気無く言ったが、僕は何故かショックを受けていた。何故だろうか、嫌だ、寂しい。
「…………」
「どうしたんです?らしくもない暗い顔で」
自然と俯いていた顔を彼は覗き込んでくる。
「いや、あの……寂しいな、って……」
鹿屋さんが目を丸くする。そして、思いっきり顔を背けられた。僕からは表情の見えない顔を手で押さえている。
「そっ、れは、虐められたいってことですかね?」
「どうしてそうなるんですか!」
僕は慣れないツッコミを入れた。鹿屋さんがボケるなんて珍しい。
「ま、一週間なんてすぐですよ。帰ったら存分に虐めてあげるんで待っててください」


二週間が過ぎた。
僕の足も調子が良いので自室に戻っていいと言われたのだが、戻る気にはなれなかった。
鹿屋さんが帰ってこないからだ。
最低でも一週間。だから二週間掛かっても不思議ではないのだが、退院する時には部屋に鹿屋さんが居て欲しかったのだ。それに、お見舞いに来られないだけで寂しいのに、自室に一人で寝るとか……寂しさの極みだ。
もちろん、今までもお互いのどちらかが出張や任務でしばらく居ないなんてことはあった。その時はそんな寂しさは無かったのに、今回は変だ。
「おっす!見舞いに来たぜ!」
「ちょっと才臥、騒がないでよ」
考え事をしていると、才臥と純也が遊びに来てくれた。この二人は鹿屋さんが居ない隙を狙ってよく来るので、任務で居ない今が絶好の遊び時なんだろう。
「調子はどうだ?」
「あ、うん。もう歩けるし平気だよ」
「そっかー、早く一緒に任務に行きてーしさっさと治せよ!」
僕は微笑んで頷いた。
「しっかし、鹿屋さんの方も今大変らしいなー」
「……大変?」
「ああ、連絡取れなくなったらしいって……」
「才臥!」
「あっ……」
純也がたしなめるように声を掛けると、才臥はしまったという顔をした。……確実に、僕の知らない何かを二人は知っている。
「それってどういうこと?鹿屋さんと連絡が取れないって……?」
僕が聞くと二人は黙ってしまった。
「ねえ、教えてよ。中途半端に聞いたら気になるよ」
純也はチラ、と才臥と視線を合わせ、観念したように話してくれた。
「三日目から、連絡がつかなくなった……って島原さん達が言ってた。あと二、三日待っても消息が分からないなら、討伐チームを作るって言って今手仕舞さんが斥候に行ってるらしい……」
「そんな……」
三日目からなんてかなり日が経っているじゃないか。しかも、討伐チームを作るということはアジトを正面攻略するということで、もし鹿屋さんが捕まっていたりしたら、切り捨てて見殺しにするということだ……。
「……大丈夫だって!あの鹿屋さんだぜ?何食わぬ顔でサラッと戻ってくるだろ!」
「確かに。あり得るね」
才臥がフォローの言葉を発し、純也がそれに同意する。僕は二人に気を使わせてしまった事を申し訳無く思った。
「……そうだね。きっとすぐ戻ってくるよね。鹿屋さんも言ってたもの」
「だろ?だから気にすんなよ!」
「……うん」
二人を安心させる為に笑ってみせたが、僕は完全に不安を拭い去ることは出来なかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――
続きまーす。まず、三部作でございます。
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