友人に捧げた短編集。
今回は、ハーレムをテーマに書いてみました。

茅野三奈美編。

※瀬戸氷河
神を信仰する施設、教会。
神は全てを救うという意思のもと、人を癒し、人を救う。
しかし、それは表向きのものである。
教会の裏の目的は、希少な血族の保護にある。
神の代替えと呼ばれる神血を集め、天使が管理をしている。
こんなに腐っている教会でも、純粋に人を救おうとしていた聖女はいるのだ。
カフェテラスで休んでいると、修道服を着たまま街を歩いている女性を見かけた。
その女性は俺を見つけるとすぐにこちらにやってきた。
「氷河さん、何してるんですか？」
「茅野？」
茅野三奈美。
俺と同じ神の代替えの血を持つ少女。
教会の修道女であり、人を救うことを生きがいとしている。
俺からしたら聖女としか思えない程、優しすぎる女だ。
「俺は休憩だよ。せっかくの平和だからな」
「そうね。誰も傷つけることのない世界……素敵だわ」
「誰も、傷つけることのない世界、か。」
そんな世界が存在するとは思えない。
魔物の出現がない今だって、どこかで人間同士が殺しあっているかもしれないのに。
茅野が向かいの椅子を引いて、尋ねる。
「一緒にいいかしら？」
「ああ、何か頼むか？」
向かいに座った茅野にメニューを渡す。
大雑把に目を通してから、ぱたりとメニューを閉じ、俺に返す。
「そうね、ダージリンティーでもお願いしようかしら。」
「じゃ、頼んどくよ。俺のおごりってことでいいから。」
店員を呼んで、ダージリンティーを追加で注文した。
注文してからすぐにダージリンティーが用意された。
このカフェは仕事が早いな、と感心しながらも茅野に話しかけることにした。
「茅野は仕事がなくなって退屈なんじゃないのか？」
「いいえ、人を癒すといっても怪我を治すだけじゃなくて、心を癒す事もあるわ。」
「仕事熱心な事で」
「人の心はまだ荒んでいるから、シスターに暇なんてきっとないのよ」
そう語る茅野の表情は明るい。
今の平和な時間を一番楽しんでいるのは彼女かもしれない。
「氷河さんだって、最近争いがなくなったから血に汚れずに済んでるでしょう？」
「退屈なだけだよ。俺には血と暴力の世界のが向いてるからな。」
「それは違うと思うわ。氷河さんのいるべき場所はそこじゃない。」
「はっきり言ってくれるじゃねぇか」
「だって、氷河さんは人を救うことは出来るのだから。」
「傷は癒せても茅野のように心までは癒せない。」
茅野と俺は同じ神血だが、その能力の使い方が大きく違う。
茅野は人を救うため、癒すために治癒術に特化している。
言ってしまえば、クレリックやプリーストと呼ばれる職業についているという事だ。
だが、俺はこの血を人を殺すために利用してきた。
血を求める人間を釣り上げるために、だ。
自分の血を餌にして、敵対組織を潰したことだってある。
だが、俺はまだ未熟らしく、策士である高曇さんにヘイトパフォーマンスが派手すぎて怖いと怒られた。
治癒術は確かに扱えるが、茅野よりは得意ではない。
「たくさんの人を救うのは茅野にしかできねぇよ。俺は、自分の近くにいる人だけで精一杯だから」
「そう。まずは近くの人からでいいのよ。氷河さんが誰かを救えるってことがわかればいいのだから」
「誰かを救う、か」
そんな考えたこともないことを茅野は教えてくれる。
茅野のいう事は確かに正論なのだが、俺にも思うところはある。
「茅野。人を救うってのは簡単には出来ないんだぜ？」
「どういう意味かしら？」
「救いを必要としない人だっているってことだよ。それから救いようのない奴だっている。そいつらまで茅野は助けるのか？押しつけがましいことやどうしようもない時だってあるだろ。」
「それでも、見捨てる理由にはならないわ」
きっぱりと茅野は答える。
どこまで聖女なんだよ、彼女は。
「茅野は、騙されやすいから心配なんだよ」
「え？」
財布を取り出し、立ち上がる。
強引に話を切り上げるみたいで卑怯だとは思ってる。
茅野も察したのか、席を立つ。
「なんかあったら、呼べよ。茅野に手を出すなら俺は迷わずに殺すから」
「……氷河さんに人殺しの罪は負わせないわ」
残念だけど、俺はとっくに大量殺人者なんだよ。
言葉には出さずに自嘲した。